2008-11-19

うああー

インドネシア生活も3週間。

別に特にこれといって変わったことはないです。
インドネシアも結構な都会に住んでいると、結局あんまり生活に不便しないし(もちろんインドネシア語は。。。)、時々のスコールとか飯とかを抜きにすれば別に問題ない。

でもねー、なんだかすんなり慣れちゃってるこの感じがちょっとイヤなんです。
自分、変に適応しすぎちゃう。
なんか、絶対違うところたくさんあるはずなのに、それがあんまりピンとこない。
いいんだか、わるいんだか。ビンビン敏感にならなきゃ。

はー、大学の授業は相変わらずつまんないので、一回しか行っていません。
でも、一応「留学」ということで、ビザをとっているこのボク。
なんか矛盾を感じるけど、自分の中の矛盾じゃねーし、ま、いいか。
ビザの更新が12月にあるけど、困ったら東ティモールにでも逃げようか。

先週末は、こちらの大学でJAPAN FESTIVALなるものがあり、僕もこちらのソーラン節を踊るクラブに参加しているため、出場。

しかーーし、このJAPANFES侮るなかれ。

ちゃんと日本だって言えるものは、正直僕たち日本人留学生もいるソーラン節のクラブくらいだった。w
あとは、ほぼ、コスプレ。ナルト、ブリーチ、お侍さん、よくわかんないやつ。
金魚すくいや、浴衣の試着、剣玉や折り紙もあった。フィギュアもたくさん。
屋台には、どら焼きと銘打ったパンケーキ、クレープ、たこ焼き? などなど。

個人的にはもう圧倒的にアキバ的なインパクトに押されまくった。
もうコスプレのオンパレード。
これが、インドネシアのJAPANFESなのね、と感じた。

アキバ。侮るなかれ。

坂口安吾の日本文化私観をまた読み直したくなった。

そのうち写真をアップしよう。

2008-11-07

オバマなんて人はいない2

「オバマなんてひとはいない」
の書き方がわかりにくかったのでもう一度捕捉したいです。

俺が思ったのは、世界中の皆が一応はこの「世界」について考えたりしてみたりしてること、そんでそれは俺が世間知らずだっただけでごく当たり前のことだったんです。(程度の差はあれどTHINK GLOBALLYなんて結構当たり前で、巷の人々の熱狂ぶりに驚いた)

そういう世界中の個々人が思ってることをうまく代弁して、メディアやフレーズをつかってうまく世界中の人を巻き込んだ。まさしくそれは「アメリカ」らしいやり方であって、別に批判する気はない。どれだけの企業が動いたのか知らないが、むしろさすがって感じ。

そんなんでオバマ陣営はうまく本当に世界の隅々まで巻き込んだわけだけど、落ち着いて考えれば本当に「オバマ=世界中で皆がかんがえていたこと」ってなんのか!?ってことだ。

そんなことありえなくね?
恐らくは「CHANGE」ってワンフレーズに踊らされているだけで、目的語は皆さまざまなんだろう。実際は、現実のオバマと皆が考えているオバマは往々にして乖離してるんだ。大体は国や文化に規定されるのだろうけど、今や人権の時代、一人ひとりの考えていることは(同じかもしれないけど)違うかもしれない。ってか違う方が断然可能性高くね?

だからもしかしたら、誰一人として頭の中で描くオバマとアメリカで生きている(はずの)オバマとが共通していないかもしれないんだ。(もちろん共通している人もいるだろーけどね)

そういう意味での「オバマなんていない!!」なんだ。
少なくとも俺よく生きるオバマのこと知らないし、俺の頭の中のオバマとは違うだろーしね。笑

はぁーしかし生きるオバマはこれからどうするんだろーなぁ。
まさしく拷問だろーなぁ。ブッシュのようであればいいものを。かわいそうに。

2008-11-06

オバマなんて人はいない

オバマが勝った。すごい。
僕はオバマの政策とか立場を良く知らないんだけど(多分大多数のインドネシア人もそうだろーな)、ここインドネシアでは幼少時代にオバマが過ごしたこともあって、国民皆が祝福ムードだ。きっとオバマがいたジャカルタ近くの町は「俺はオバマの友達だ」っていうおやじとかが増殖してるんだろーな。笑

じゃかるた新聞
http://www.jakartashimbun.com/

きっと彼が期待されているのは、大きく分けてブッシュ共和党の政策、特にイラク戦争に嫌気がさしていたことと、黒人だからってことに由来するんだろう。

「オバマなら何かが変わる」っていう理由のない期待が全世界からオバマに集中して、気圧の何億倍ものほんと半端ない重圧がかかってるんだろーな。頑張れ!オバマ!

ある意味事件なこの一件に関して、違和感をちょっと感じる。だって、大学生ならまだしも屋台や道端のおっちゃんまでオバマに期待してる。そんで、世界が安定することを願ってる。

屋台のおっちゃんなら、今晩の客の入りだけ気にしていればいいじゃん。
そんないるかいないかもわかんないような遠~~~いアメリカ大統領に期待するなんてばかばかしいとおもわないのかな。

結局、ニュースなんてものは想像でしかない。
想像である以上、それを信じるか、信じないのかは、自分次第だ。
どれだけメディアが発達して正確に信頼性のある記事を書こうとも、結局は読む人がそれを信じるか信じないか(もしくは信じたいか信じたくないか)、「本当は」五分五分の信憑性でしかない。

だから、今回のこのオバマ当選の一件に関して、大大大多数の人がこれを信じ歓喜したのは、単に想像してたことがニュースになったからそれを信じたいだけで、そう、ただそれだけのことだ。

THINK GLOBALLY,ACT LOCALLYとかお坊ちゃまの戯言だ。

俺は信じないぞ。
オバマなんて人はいない!!

でも一方でそうやって信じることができるってのはすげーパワーだ。
そういう目に見えないパワーをもっと社会が表現できたら、きっと社会も一人前なんだろーなぁ。

2008-10-31

売春宿と戦争は同じだ。

昨日はアパートに移って、やっと一息つきました。
なんと月4000円。
シャワーとトイレは共同だけど、ベッドや机、タンスは付いてるからかなり良い!
いやー、素晴らしすぎる!

さてさて、親しくさせてもらってるインドネシア語の先輩とこの前ふとしたことから売春宿についての話になりました。
まーインドネシアもタイやフィリピンほどじゃないけど売春宿はそれなりにあるらしい(全部聞いた話なので。。。笑)。

でも利用者は外国人よりも国内の人が多数を占めるらしく、そこがフィリピンとかとは違うらしい。でも、やっぱり売られる女の子は貧しい子だし、そういう職業しかなれないらしい。それもかなりの安価だ。
売春宿で働いている女の子というのはこちらではかなり避けられちゃうらしく、たとえば普通の女の子に対して日本みたいに「なんか今日のファッションキャバ嬢っぽいねー(そんなこと言ったことないけど笑)」とか言ったら、もう完全にドン引きらしい。

うーむ。
やはり、そういう売春宿でしか働けないのは問題だ。ひどい。ひどすぎる!

でも、なんか一つ思ったのは、売春宿そのものまで否定していいんだろうか、ってことだ。(本投稿のメインポイント)

日本でも夏に「闇の子供たち(だっけ?宮崎あおいとか宮崎あおいがでてたやつ)」という映画が出て話題になった(僕は恥ずかしながら実はチャンスがなくて見れなかったけど笑)ので、見た人も多いかもしれないっす。
その内容がどうだったのかは知らないが、正直現実的にみて売春宿はなくならないんじゃねーかと思う。それを求める汚いオヤジたちがいて、それに応えられる女の子がいてしまう。そういう現実があるのだから、売春宿を否定して禁じようとしてもそれは問題の解決にはならないじゃないかな?
もしかしたら、そうまでしてセックスしたがるそういう汚いオヤジたちの気が知れないっていう人がいるかもしれないけど、僕はそういう人もいるだろうと思う。どーいう人が顧客帯なのか知らないけど、かなりのデブで顔にはおできだらけ、風呂嫌いで陰湿な性格、加えて理系だったために中学から現在に至るまでほぼ男社会、さらに女運までなかったら(いや、誰かのことを言ってるのではない笑)、彼女ができる可能性は常人よりかなり低いでしょ、その上すでに45才だったらどうだろう。この男の買い手はいるのか?そんでもって人一倍性欲があったら?

そうでなくたって、オヤジになって性欲がお盛んだったらどうなのよ?妻はとうに夫のメタボにほとほと諦めているかもしれない。そうなったらバーチャルな世界に逃げるか、やっすいフィリピンの売春宿に手を出すのは当然なはず。正直、僕が45歳になってそんなつれないオヤジだったら、フィリピンに絶対行かないという保障とか自信はどこにもない(すみません。。)。誰か同僚とかに誘われたのならなおさら。

だから、人間の性質的に売春宿ってのは当然あって然るべきものだったんだ。理性的に言えばちゃんちゃらおかしいものだが、人間正直そこまで強くない。強くない人もいる。

だからだから、問題はそこで働く女の子たちにある!売春宿はあって当然だからといって、そこで働く女の子たちまで正当化することはできない。まして彼女たちが自分たちの希望にそぐわない形でそこにいるならば、頑としてたすけなければならない!...のが、本当のところなんだろう。

日本もだと思うけど特に途上国では人身売買や売春が本当に盛んらしい。どうやって助けるのか、色々な方法があるのだと思うけど、今あるようなNGOによるものだったりが現実的に一番なのではないか。売春せざるを得ない女の子を助けることがビジネスとして確立できれば、きっとノーベル賞ものなんだろうけどなぁ。うーむ。

結局、売春宿は戦争と同じだ。あってはならないけど、絶対なくならない。


インドネシアの売春宿、今度行ってみます。
*もちろん、買わない!はずだ!!

2008-10-27

インドネシア到着

インドネシアのYOGYAKARTA(通称ジョグジャ)に着いた。
マレーシアで一泊、面倒だったが無事着いて良かった~

入管で1時間以上待たされたり、早くもインドネシアの洗礼を浴びた。
ジョグジャは日本で言う京都みたいな街。
寺院が数多くある。数年前にあった地震で壊滅的な打撃を受けた。
街は途上国にありがちなグチャっとしたアスファルトで固められている。

数日前にボストンに行ったからすんごく感じんのが、街並みの違いだ。
ボストンは昔ながらって感じのオールドヨーロピアンちっくな建物だったが並んで、リアルディズニーランドとでもうような幻想的な雰囲気で誰もが酔える。けど、このジョグジャはなんかゴチャゴチャ汚い。

まー言ってしまえば、街の整備とかにどれだけ金が払えるかってとこに尽きるんだと思うけど、今問題にしたいのはそれが「文化」なのかどうなのかってことだ。
ボストンの今の街がどういう過程で形成されたか知らないから何とも言えないけど、あの美しい街並みが、観光客を喜ばせるための景観とアメリカを感じたいアメリカ人だけのために壊れかけののボロヤを何千何億とかけて修復して作られているとしたら、一体僕が感じたあの感動はなんだったんだろう。
いくら金を積もうと、そこには何かしらの「薄っぺらさ」みたいな感傷が残る。めっちゃ感動したのにね。
そういうのも文化の一つの形なのかな。なんだか薄っぺらい感じもするけど、それも文化なんだって気もする。

今の途上国みたいに、多くの人が必死に生活たててたりする時代の文化って、そこに生きる人の実生活に即していて違和感がなくてなんかリアルだ。それが今まで歴史とかで習ってきたいわゆる「文化」って感じがする。
一方でボストンやヴェルサイユ宮殿みたいにある程度金が余ってくると、「エゴ」と資金力が文化を作る。

どっちもその時代を象徴する文化なんだろう。
でも僕が美しい観光地やボストンに行きたいと思う一方でインドネシアや途上国に行きたいと思うのは、そういうリアルを感じたいってのもあるのかもしれない。

こんなことを言うと反感を買うかもしれないが、貧しい人の方がよっぽど「リアル」っていうか人間味を感じる。
友達でもホームレス支援とかやってたり、途上国に行ったりする奴がそれなりにいるけど、きっとそんな風な気持ちが活動に結びついてたりするんじゃねーかな。
Posted by Picasa

2008-10-22

今週末よりインドネシアです。

やっとインドネシア留学の話が落ち着きました。
25日から半年ほど、インドネシア(とか)に行って来ます。

かなり待たされましたが、とりあえず良かった。

準備しなきゃー!

2008-10-17

ボストン

9月に必死に日雇われたおかげで、懐は暖かい。

そういえばですが、9日~15日までボストンに行ってきました。
MITやらハーバードやらがある学生の街という印象が強いけど、やっぱりそれらの印象が目立ちました。w

でも街並みは秋の紅葉も綺麗だったこともあり、とても美しかった。
一眼レフでもあったら、是非とも残しておきたいところですわ。

目標だった友達をたくさん作ってくるって話は、なかなか上手くいかなかったけど、ハーバードのロースクールに潜って授業を体感することもできたし、収穫はまぁまぁあったんじゃないかと。

滞在中の日曜日には、丁度10月11日だった(9.11から一ヶ月)こともあり、中心にあるボストンコモン(公園)にはNO WAR だとか、IMPEACH BUSH&CHENEYとかのデモが数百人規模であって、さすがはアメリカといわざるを得なかった。

アメリカでは、本当に多様な(人種もやってることも)人たちがいて、それをある程度認め合ってるところにデけぇ懐を感じた。それは素直に衝撃だったし、そこにいると自分も楽だしなんだか楽しい。

ただ一方で、でか過ぎるハンバーガーとか、日本ではありえないほどのデブとか、大量消費の大量廃棄の社会は決していただけないとも思った。もうリサイクルとか(少なくともボストンORマサチューセッツ州)全然遅れていたし、燃えるごみと燃えないごみさえも分けないのはどうかと思う。

とにかく、色々感じることができたのでこれを次に繋げていきたいっす。
そうそう、来週はやっとインドネシアに旅立つはず。はず。。

やべ、一眼レフ買っちゃおっかなーw