2008-10-31

売春宿と戦争は同じだ。

昨日はアパートに移って、やっと一息つきました。
なんと月4000円。
シャワーとトイレは共同だけど、ベッドや机、タンスは付いてるからかなり良い!
いやー、素晴らしすぎる!

さてさて、親しくさせてもらってるインドネシア語の先輩とこの前ふとしたことから売春宿についての話になりました。
まーインドネシアもタイやフィリピンほどじゃないけど売春宿はそれなりにあるらしい(全部聞いた話なので。。。笑)。

でも利用者は外国人よりも国内の人が多数を占めるらしく、そこがフィリピンとかとは違うらしい。でも、やっぱり売られる女の子は貧しい子だし、そういう職業しかなれないらしい。それもかなりの安価だ。
売春宿で働いている女の子というのはこちらではかなり避けられちゃうらしく、たとえば普通の女の子に対して日本みたいに「なんか今日のファッションキャバ嬢っぽいねー(そんなこと言ったことないけど笑)」とか言ったら、もう完全にドン引きらしい。

うーむ。
やはり、そういう売春宿でしか働けないのは問題だ。ひどい。ひどすぎる!

でも、なんか一つ思ったのは、売春宿そのものまで否定していいんだろうか、ってことだ。(本投稿のメインポイント)

日本でも夏に「闇の子供たち(だっけ?宮崎あおいとか宮崎あおいがでてたやつ)」という映画が出て話題になった(僕は恥ずかしながら実はチャンスがなくて見れなかったけど笑)ので、見た人も多いかもしれないっす。
その内容がどうだったのかは知らないが、正直現実的にみて売春宿はなくならないんじゃねーかと思う。それを求める汚いオヤジたちがいて、それに応えられる女の子がいてしまう。そういう現実があるのだから、売春宿を否定して禁じようとしてもそれは問題の解決にはならないじゃないかな?
もしかしたら、そうまでしてセックスしたがるそういう汚いオヤジたちの気が知れないっていう人がいるかもしれないけど、僕はそういう人もいるだろうと思う。どーいう人が顧客帯なのか知らないけど、かなりのデブで顔にはおできだらけ、風呂嫌いで陰湿な性格、加えて理系だったために中学から現在に至るまでほぼ男社会、さらに女運までなかったら(いや、誰かのことを言ってるのではない笑)、彼女ができる可能性は常人よりかなり低いでしょ、その上すでに45才だったらどうだろう。この男の買い手はいるのか?そんでもって人一倍性欲があったら?

そうでなくたって、オヤジになって性欲がお盛んだったらどうなのよ?妻はとうに夫のメタボにほとほと諦めているかもしれない。そうなったらバーチャルな世界に逃げるか、やっすいフィリピンの売春宿に手を出すのは当然なはず。正直、僕が45歳になってそんなつれないオヤジだったら、フィリピンに絶対行かないという保障とか自信はどこにもない(すみません。。)。誰か同僚とかに誘われたのならなおさら。

だから、人間の性質的に売春宿ってのは当然あって然るべきものだったんだ。理性的に言えばちゃんちゃらおかしいものだが、人間正直そこまで強くない。強くない人もいる。

だからだから、問題はそこで働く女の子たちにある!売春宿はあって当然だからといって、そこで働く女の子たちまで正当化することはできない。まして彼女たちが自分たちの希望にそぐわない形でそこにいるならば、頑としてたすけなければならない!...のが、本当のところなんだろう。

日本もだと思うけど特に途上国では人身売買や売春が本当に盛んらしい。どうやって助けるのか、色々な方法があるのだと思うけど、今あるようなNGOによるものだったりが現実的に一番なのではないか。売春せざるを得ない女の子を助けることがビジネスとして確立できれば、きっとノーベル賞ものなんだろうけどなぁ。うーむ。

結局、売春宿は戦争と同じだ。あってはならないけど、絶対なくならない。


インドネシアの売春宿、今度行ってみます。
*もちろん、買わない!はずだ!!

2008-10-27

インドネシア到着

インドネシアのYOGYAKARTA(通称ジョグジャ)に着いた。
マレーシアで一泊、面倒だったが無事着いて良かった~

入管で1時間以上待たされたり、早くもインドネシアの洗礼を浴びた。
ジョグジャは日本で言う京都みたいな街。
寺院が数多くある。数年前にあった地震で壊滅的な打撃を受けた。
街は途上国にありがちなグチャっとしたアスファルトで固められている。

数日前にボストンに行ったからすんごく感じんのが、街並みの違いだ。
ボストンは昔ながらって感じのオールドヨーロピアンちっくな建物だったが並んで、リアルディズニーランドとでもうような幻想的な雰囲気で誰もが酔える。けど、このジョグジャはなんかゴチャゴチャ汚い。

まー言ってしまえば、街の整備とかにどれだけ金が払えるかってとこに尽きるんだと思うけど、今問題にしたいのはそれが「文化」なのかどうなのかってことだ。
ボストンの今の街がどういう過程で形成されたか知らないから何とも言えないけど、あの美しい街並みが、観光客を喜ばせるための景観とアメリカを感じたいアメリカ人だけのために壊れかけののボロヤを何千何億とかけて修復して作られているとしたら、一体僕が感じたあの感動はなんだったんだろう。
いくら金を積もうと、そこには何かしらの「薄っぺらさ」みたいな感傷が残る。めっちゃ感動したのにね。
そういうのも文化の一つの形なのかな。なんだか薄っぺらい感じもするけど、それも文化なんだって気もする。

今の途上国みたいに、多くの人が必死に生活たててたりする時代の文化って、そこに生きる人の実生活に即していて違和感がなくてなんかリアルだ。それが今まで歴史とかで習ってきたいわゆる「文化」って感じがする。
一方でボストンやヴェルサイユ宮殿みたいにある程度金が余ってくると、「エゴ」と資金力が文化を作る。

どっちもその時代を象徴する文化なんだろう。
でも僕が美しい観光地やボストンに行きたいと思う一方でインドネシアや途上国に行きたいと思うのは、そういうリアルを感じたいってのもあるのかもしれない。

こんなことを言うと反感を買うかもしれないが、貧しい人の方がよっぽど「リアル」っていうか人間味を感じる。
友達でもホームレス支援とかやってたり、途上国に行ったりする奴がそれなりにいるけど、きっとそんな風な気持ちが活動に結びついてたりするんじゃねーかな。
Posted by Picasa

2008-10-22

今週末よりインドネシアです。

やっとインドネシア留学の話が落ち着きました。
25日から半年ほど、インドネシア(とか)に行って来ます。

かなり待たされましたが、とりあえず良かった。

準備しなきゃー!

2008-10-17

ボストン

9月に必死に日雇われたおかげで、懐は暖かい。

そういえばですが、9日~15日までボストンに行ってきました。
MITやらハーバードやらがある学生の街という印象が強いけど、やっぱりそれらの印象が目立ちました。w

でも街並みは秋の紅葉も綺麗だったこともあり、とても美しかった。
一眼レフでもあったら、是非とも残しておきたいところですわ。

目標だった友達をたくさん作ってくるって話は、なかなか上手くいかなかったけど、ハーバードのロースクールに潜って授業を体感することもできたし、収穫はまぁまぁあったんじゃないかと。

滞在中の日曜日には、丁度10月11日だった(9.11から一ヶ月)こともあり、中心にあるボストンコモン(公園)にはNO WAR だとか、IMPEACH BUSH&CHENEYとかのデモが数百人規模であって、さすがはアメリカといわざるを得なかった。

アメリカでは、本当に多様な(人種もやってることも)人たちがいて、それをある程度認め合ってるところにデけぇ懐を感じた。それは素直に衝撃だったし、そこにいると自分も楽だしなんだか楽しい。

ただ一方で、でか過ぎるハンバーガーとか、日本ではありえないほどのデブとか、大量消費の大量廃棄の社会は決していただけないとも思った。もうリサイクルとか(少なくともボストンORマサチューセッツ州)全然遅れていたし、燃えるごみと燃えないごみさえも分けないのはどうかと思う。

とにかく、色々感じることができたのでこれを次に繋げていきたいっす。
そうそう、来週はやっとインドネシアに旅立つはず。はず。。

やべ、一眼レフ買っちゃおっかなーw